山城町の京都府と奈良県のほぼ境界にあり、 笠置山から流れ来る木曽川のほとりで、京都宇治 と、宇治田原・奈良田原という茶産地のほぼ中間 に位置するところから、産地から茶の見本を借り てきて、それを宇治の問屋にもって行き、注文を 受けて産地に戻る「トンビ」(仲買)という茶商を 重村源兵衛が始めたのが始まりです。やがて、源兵衛 は、長女・千代乃の、婿養子に、同じ山城町の川 辺家から又三郎を迎え入れ、その、又三郎が、トン ビ業から問屋業に発展させました。

昭和の初め頃には、ヤマショウという屋号で、八十坪ほどの工場をもち、茶の再加工業務とトンビ業に精を出しました。 その後、昭和16年に京都山城町から商都大阪(玉造・販売所)へ進出し、「宇治園」という屋号もこの時つけたもので、お茶の小売もするようになった。当時、この進出は画期的なもので、同じ小売でも、生産者から直接消費者に販売するという流通革命をひっさげての登場であった。京都府下の田舎町から商人の町である大阪進出ということだけに、必死の覚悟の進出であった。

昭和2年の様子(一部抜粋)

平成15年に、珈琲蔵人「珈蔵(かくら)」箕面店を出店し、ロードサイド型和風喫茶を展開。平成16年には、ヨドバシカメラ梅田店に「甘味茶房藍々」を出店。平成18年には茶師とパティシエのコラボレーションで色・味・香り・食感など様々な感動の彩りの演出した「甘味工房 茶の彩(ちゃのいろ)」の展開をはじめ、生ショコラ、あいすクリーム等のスイーツの製造販売にも本格参入を果たしました。

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